音楽

2010年7月 5日 (月)

Hector Martignon Live @ Blues Arrey

今日はブルースアレイに、来日中のコロンビア出身のピアニスト、Hector Martignonさんを見に行かせていただいた。

現在N.Y.在住で、SmokeやZINC Barで活躍されてるらしい。

今日の共演ミュージシャンは全員日本人。
しかも行ってみてびっくりしたのが、みんな超若手!

でも、良いプレイしてましたよ〜、

しかもルックスも良かった(笑)。

なんか楽しさと一生懸命さが全面に出てて、

かつテクニックは沢山持ってて、

素直にかっこよかったと思いました。

ステージングの下手さだけ気になったけど、

それも逆にフレッシュ感があって良いか。

Hectorさんのピアノももちろん素晴らしかったです、

ミュージシャンのまとめあげ方も勉強になりました。

最後はラテンライブお決まり(?)、総立ちで大盛り上がりでした。

何故か前の方の席にダンサー集団がいて、

最後はステージに上がってました。

頑なに立たなかった私
(トイレ我慢してたしね)、

気がつけば座ってるのは私含めて3人だけ(笑)。

肩身狭かった〜。

好きな楽しみ方で良いじゃないよ〜。

なんでミュージシャンじゃない人がみんなを立たせるのよ〜???

・・・しかしあたしもこういう文化の国でどっぷり育ったんだよな…。

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2009年8月25日 (火)

出来たっ!

完成~~~~~!!Sn3c0663_4

苦節6ヶ月半(笑)、ニューオーリンズの思い出が形になりました!

各演奏場所でも手売りいたしますが、遠方の方は下記メールにてご一報ください。
購入方法をこちらからご連絡いたします。
2-dee1114@auone.jp

是非聞いてみてくださいねっ!

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2009年4月28日 (火)

80歳

昨日(っつっても日曜日のこと)、Sheila Jordanって人の歌を生で聴いた。

御年81歳。

まあ、とても80過ぎには見えやしなかったが。



この激動の1年の副産物で多少英語が分かるようになった私、

彼女のMCも大体は聞き取れ(日本人用なのかもね)、楽しい時間を過ごせた。

途中、お酒の話になり、

「あたしはもう31年お酒飲んでないの。まだまだ生きて歌いたいからね。」

なんておっしゃってた(と思う)。

歌い続けるためにお酒をやめる・・・・か、

見習うべきだな、うん。



肝心のステージはというと、当然すんばらしかった。

いや、コメントなんかする資格もないわ、あたしには。

気持ちの良いスウィング感とアドリブで綴るブルース、

やっぱかなわねぇ~。

日本人は猿真似だ、だせぇ~。嫌になる~。



まあ、そんなことよりもだ。

去年見たJames MoodyもJon Hendricksも、前に見たHank Jonesもみんな80過ぎだ。
(Hank Jonesなんて今年91歳;)

でも、本当に現役。ステージに立っている時には完全にスター。

どう見ても、60過ぎくらいにしか見えない。

モンスターじいさんばあさん。

彼らは、常に努力を怠らない。

常に前を向いているんだ(だから一流なのねん)。

そして、偉ぶらない。

何十年も音楽で生きてる人だもの、

良い人っぷりもモンスター級だ。




・・・しかし、自分が80歳越したら・・・・・・・生きてんのか?だいたい。

要介護になってないか??介護してくれる人いるのか???

う~~~む。

寂しい老後にしないためにも、

そのためだけでも、死ぬまで現役でいなきゃだね(笑)。

明日は松戸Smalls
千葉県松戸市根本56
松戸駅より徒歩8分
TEL&FAX:050-3103-1536

30日は東京倶楽部
http://www.tokyo-club.com/intro/
CD、発売記念じゃないです。
いまだ形すら有りませぬ。
いい加減、ただのほら吹きになっちゃうよぅ。

連休中、お暇が有ったら来てね~~~!

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2009年4月19日 (日)

りんご畑deコンサート

今度の5月4日、自分の出身地である、長野県上伊那郡中川村(!)の、

りんご畑でコンサートをする。




今日はリハーサル。
普段、即興性を楽しむ無責任なJAZZばかりやっている私にとって、久々のリハーサルであった。

私以外のメンバーは今日初顔合わせの人たちも居たので最初は緊張感もあったが、徐々にほぐれ和やかムード。

前日入りで飲む話や、終わった後で飲む話や、移動中飲む話や、なんだか話しも変に盛り上がり、良い雰囲気でリハーサルを終えた。

ちょっと前に宣伝用の音源(幻のNew Orleans Recordingの)も送ったし、ビデオレターも再び1人で制作して送ったしcoldsweats01

なんだかんだで着々と準備も進み、楽しみになってきている。

本当はここでCDを売りたかった!

だが・・・・、もう無理そうだ。間に合わない。

今日は泣きの催促メールを送り、久しぶりに電話でも泣き落とし作戦を決行した。

精神的にかなり壊れてしまっている先方の話に耳を貸し、同情もし、自分の非も謝り、

ようやく、なんとなく、向こうの心が動く音が聞こえた。

あとは神さんに祈るだけだ。



このCD、

本当にいろんな意味で、

「私の作品」 だ。



りんご畑では、

予約のみ、受け付けようと思う(笑)。

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2009年2月 6日 (金)

現実は厳しい

やっと具体的に決まった。
レコーディングするミュージシャンとスタジオ(笑)。
あとは自分をどこまで持っていけるかだ。


昨夜はギグに飛び入りさせてもらってきた。

前回来たときに共演した日本のミュージシャンとアメリカ人のバンド。
このバンドはファンクバンドだったので選曲に苦しんだが(元はファンクバンドやってたのにね)、
それよりも何よりも、
私がステージに立った瞬間、かなりの人数が店から出て行ったのが一番ショックだった。

そりゃそうだ。
あたしだってもし観光に来ていたら、日本人が出てきて歌ったらがっかりだ。


人種差別じゃなく、需要と供給の問題かな。
そう思いたい。

でもせめて聞いてほしかったよ、たった1フレーズでも。

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2009年1月20日 (火)

受けて立つ

たった今、

30分以上かけて書いた「イイはなし」の日記が、


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いろいろあって落ち込んでたけど、何かまたがんばるぞ的なポジティブシンキング日記。

結構長文・・・・・・。

あ~、せっかくがんばる気になったのも、一瞬にして消えた・・・・

「消えますけど良いんですか?」って確認も無く、勝手に・・・・・。



いや、消えてねぇ!

これは本当にがんばる気があるかのテストだ!

もう同じ文章は書けないが、

それで良い。




どん底にはもう、飽きた。

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2007年10月30日 (火)

らりるれロック??

今日も人気のなかった私、

でもその中で来てくださった久しぶりのお客さんに連れられて、深夜の六本木へ。



六本木の老舗のライブバーに連れて行っていただいてびっくり!

ここは演奏しているのはすべてPopsのカバー。

「愛しのレイラ」やら「Piano Man」やら「マホガニーのテーマ」やらまあ、

とにかく素晴らしいテクニックを持ったミュージシャンの皆さんが完璧にカバーを演奏するんです。

んで!

盛り上がるんです!


到着したのが既に1時は軽く回ってましたが、

着物を着たアフターのホステスさんとお客さんやら、

洋服だけどやっぱりアフターのみなさんやら、

おばさんも数人いる団体やら、

とにかくノリノリ!


わたしも自分のど真ん中の曲が多かったので、

歌うやらはしゃぐやら楽しませていただきました。



思いましたね。

Jazz聞いてるより楽しいなって。

「うまいだろ、わかんなきゃ勉強して出直せ」みたいなアホな演奏聞かされるより、

よっぽど楽しいし、そこにいる楽しさがある。

だから、深夜2時前でも、お店は満席。



完コピで商売するって、不思議な感覚だったけど、

需要があって、楽しむ人が大勢いるならそれで良い。

微妙なところでオリジナリティーとか追求してる、

見てもらえなくても分かってもらえなくても自分たちが納得すれば良いというセンズリミュージシャンが多いJazzの世界って、

虚しいと思いました。



だって、

本当にみんな、

楽しそうだった。

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2007年10月17日 (水)

セカンド・ライン

かつて、前も書いたことがあるが、
「Dr.Tosh? & Love J」というバンドのコーラスのお姉ちゃん、two-dだった私。

30前後の女性2人がコーラスやらパーカッションを担当し、
「Juicy Sisters」と名乗っていた恐ろしい頃。

そのバンドはDr.Toshこと永井利充氏が率いるド・ファンクバンドだったが、永井さんといえば「BO・GUMBOS」のベーシスト、ボ・ガンボスといえば、20年ほど前に活躍した、ジャパニーズ・ニューオーリンズ・ファンクバンドのパイオニアである。

最近、ディキシーものが妙に沁みる私、そして今までの音楽との関わり、

何もかもがニュー・オーリンズに向かって流れ出した。


いろんなものが混ざり合い、バカ騒ぎで悲しみを追い払う街、

そんな勝手なイメージを持ったまま、

セカンド・ラインビートの曲を造りました。

あ、歌詞は本当におばかです。



あさって、東京倶楽部で歌います。

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2007年10月11日 (木)

浜千鳥

月曜に長野から東京に戻ったのだが、父があいにく留守のため、体の不自由な母に高速バスのバス停まで車で送ってもらった。

車中、突然あたしが
「童謡の’浜千鳥’の歌詞、覚えてる?」と言ったのをきっかけに
(この連休中、童謡の歌詞をいかにたくさん記憶してるか競ったもので)、

わずか15分のドライブの車中は、母と私の’浜千鳥’の合唱になった。

が、2人とも歌詞がうろ覚え。

結局本当のところがわからずバス停に着き、あっけなくバイバイした。



今日、両親から荷物が届いた。

葡萄を送ってくれたのである。

その中に、母からの手紙。

「新聞の切抜きを見つけたのでコピーしました」

かつて新聞に載っていた、浜千鳥の歌詞と解説である。



♪青い月夜の 浜辺には

 親を探して 鳴く鳥が

 波の国から 生まれ出る

 濡れたつばさの 銀の色


 夜鳴く鳥の 悲しさは

 親を尋ねて 海越えて

 月夜の国へ 消えてゆく

 銀のつばさの 浜千鳥



作詞者の鹿島鳴秋さんが、娘さんを亡くして悲しみの底で作ったとされていた曲。

新聞によると、実は娘さんを亡くす12年前の、幸せ絶頂期に創った曲らしい。

たしかに両親とは幼き頃に生き別れたらしいが、

その後、「悲しさは 親を尋ねて 海超えて 月夜の国へ 消えて」いったようだ。



母と2人、意味も分からず合唱してたが、

悲しい歌だろうがなかろうが、


良い時間でした。

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2007年7月27日 (金)

Bridges

Bridges (Travessia)

I have crossed a thousand bridges
In my search for something real
There were great suspension bridges
Made of spiderwebs of steel

There were tiny wooden trestles
And there were bridges made of stone
I have always been a stranger
And I've always been alone

There's a bridge to tomorrow
There's a bridge from the past
There's a bridge made of sorrow
That I pray would not last

There's a bridge made of colors
In the sky high above
And I'm certain there must be
Bridges made out of love

I can see him in a distance
On the rivers of the shore
And his hands reach out in longing
As my own have done before

And I call across to tell him
Where I believe the bridge must lie
And I'll find it, yes I'll find it
If I search until I die

When the bridge is between us
We'll have nothing to fear
We will run through the sunlight
And you'll meet me halfway

There's a bridge made of colors
In the sky high above
And I'm certain there must be
Bridges made out of love.

本当にここに橋を架けられたなら

嘘つかなくて良いのにな

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