フクちゃんとの日々
フクちゃんがいなくなって5日が経つ。
私たち夫婦は、フクちゃんを中心に生活していたので、二人ともすっかり肩を落としている。
今も、気が付くとフクちゃんが居た場所を見てしまう。
今日は役場にフクちゃんの死亡届に行った。
誕生日もわからない。けれど名前は「福」。
そう、お前の正式な名前は「福」だっけ。
昨日は、こんなことになってから初めての夫婦そろっての休日。
主人は庭の整理に精を出し、私は台所の掃除に精を出し、気を紛らす。
お互いに持っている写真を集めて、USBメモリーに入れ、
フォトフレームで見ながら夕食を摂った。
最初、フクちゃんの笑顔がたくさんで、
想い出をたどるのはきつかったが、
共に暮らさせていただいてからの6年を振り返った。
父の犬だった最初のころ、父がもう大好き。
なぜか女性が嫌いなフクちゃんで、
私はなついてもらえなくて唸られてたりしたっけ(笑)。
フィラリアが見つかってから家の中で飼われるようになり、
徐々に距離が近くなっていった。
父の闘病中には噛みつかれたりもしたね。
そして父が逝ってからは、主人が渾身の愛情を注ぎ、可愛がった。
優しい主人は小さい頃から生き物が大好きだったけど、
お義母さんが許してくれなくて、犬を飼ったことが無かったから、
主人にとっての初の犬。溺愛した。
元気な頃はよく脱走もしたし、
自由に家のいろんなところに入り込んで粗相もした。
そもそも、保健所から引き取ってきたフクちゃんだったので、
年齢はわからなかったけど、
白いものが生えてきたり、犬を知っている人たちに
「結構歳とってるね」と言われて、
高齢なんだろうなということはわかっていた。
一昨年あたりからかなあ、歩き方も少し変になって、
散歩に行っても、家の周りはあんまり歩いてくれなくて、
フクちゃんがテンションが上がるところまで連れて行ってた。
夫婦のラインは「今日う〇ちした」
「ごはんあんまり食べてない」など、フクちゃんのことばかり。
お互いのスケジュールを確認するためのアプリのグループ名は
「フクちゃん見守り隊」だった。
昨年末の母が入院中には、夕方帰ったらもどして下痢して息も絶え絶えになってて、
慌てて動物病院に連れて行った。
本当に、何が起こったかわからなかったけど、
とりあえずまた元気になった。
今年に入ってますます歩かなくなってきたけど、
それでもがんばってた。
そんな時に母が急逝し、大きな悲しみに苦しくなっていた私にも、
フクちゃんが寄り添ってくれた。
目も耳も遠くなっていたので、本人も心細かったのかなあ、
よく、足元に来てじっと、寄り添ってた。
キッチンをリフォームしてからはそこがフクちゃんの居場所になり、
よく隣で寝かせてもらった。
何度も、何度も一緒に寝た。
だがフクちゃん、夜中に目を覚まして徘徊したり夜泣きしたり、
時間もぐちゃぐちゃ、しかも一人で起き上がれなくなってきて、
目を離せない状態が続いていた。
「フクちゃん見守り隊」は、必死で世話をした。
19日は、私は朝から出かけなければならず、フクちゃんがこの猛暑の中、
一人で9時間お留守番しなければならない。
古い家で、幸い、外の熱気さえ遮断できれば快適。
問題は、昨夜も1時半から4時まで徘徊して、
朝、起こしても起きてくれないことだった。
いよいよ出かけなければならないので無理やり起こし、
排泄させて、ご飯を・・・食べてくれない。
好きなものだけ食べて、もうやめてしまう。
しかも、倒れ込んでしまう。
いない間に起きて食べられるようにご飯はそのままにし、
せめて、いない間にぐっすり寝ていてくれるよう、
布団に寝かせて、起きやすいように角度をつけて、
首にタオルで巻いた保冷剤を巻いて出かけようとした。
フクちゃん、目を開いている。
じっと、私を見ている。
ああ、時間がない。
「ごめんな、ゆっくり寝ててな」と、バタバタと出かけてしまった。
・・・夕方帰宅途中に、先に帰った主人から、
「フクちゃんがー!早く帰って!」とラインが来る。
主人帰宅時にはもう、フクちゃんの息が止まっていたことを知らされた。
最大の後悔。
フクちゃん、起き上がれず、すごく頑張ったらしい。
頑張ったときに、心臓がもたなかったのかな。
もがいた形跡があった。
もっとちゃんと世話してから出かけていたら、
フクちゃん、この日に死なずに済んだのかな。
これから寝たきりになって世話するんだろうなあなんて、
ぼんやり思っていたのに、
なんで、誰もいないときに逝っちゃったのよ。
二人で泣いて泣いて、フクちゃんの亡骸に寄り添った。
お前は、幸せだったのかなぁ、
私たちをどう思ってたのかなぁ。
私たちとフクちゃんを良く知る人たちは、
「愛されて、幸せなわんこだったよ」と言ってくれるが、
物言わぬフクちゃんの本心は、誰にもわからない。
ただ、亡くなる数日前に、
替えたばかりの私のスマホのカメラが素晴らしくて、
みんなで写真を撮りまくった時のフクちゃんの顔は、
とってもとってもにこやかだった。
フォトフレームで思い出をたどっても、
良い顔をしている。
自由で、舌のアザが示す通り気性が荒くて、
毅然として、気遣いができて、でも甘え上手で、
この地でたくましく生きた「福」。
火葬場でフクちゃんの骨を見た係の人が、
「ずいぶん長生きだったね、この犬。15歳とかじゃない?
特に悪いところも無い。寿命を全うしたよ」と言ってくれた。
だとしたら、救われるのだが・・・。
想い出を振り返りながら、
「フクちゃんの人生、充実してたんじゃないかね」と、
夫婦で写真を見ながら、祈っている。
今も、フクちゃんの出す「音」が聞こえてくる・・・。








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