命と向かう夏
今日で2025年の8月も終わり。
8月というのは毎年、何か「命」についていろいろと感じる月。
終戦記念日もあるし、お盆もあるし、暑い日差しの中で、勢いよく萌える命と、終わっていく命と…
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とても愛嬌があって、食い意地が張っていた、鯉の金ちゃんが死んだ。今年の春から、前のように餌に対して食いつかなくなり、心配していた矢先だった。あまりの酷暑で池の環境が何か良くないのか、慌てて業者さんに頼んで掃除をしてもらったが、もう、金ちゃんは帰らない。
そもそも金ちゃんは、闘病中の父が、退院してきたタイミングで買ってきてくれた五匹のうちの一匹。もっとも個性的で元気で、愛着があった。その亡骸が沈んでいることを、他の鯉たちが知らせてくれた時には悲鳴を上げた。
命はいつかは逝く。だが、逝かなくていいタイミングで逝かせてしまうのだけは、だめだ。
今日はその池の方から、何やら不思議な声が聞こえた。その声に反応して黒柴のもん太がキュンキュン鳴いた。慌てて池の方に行ってみたが、何か居るわけではない。と思った時、また声が聞こえた。よく見ると、池からヤマカガシに噛みつかれたアオガエルが上がってきた。苦しそうに。その声は、アマガエルの断末魔の叫びだったようだ。
どうすることも、できない。カエルにとっては命がけ、蛇にとっては食事。周りは、どっちの味方になっても、いけないだろう。
同じようなことがキッチンでもあった。大きなクモが、はるかに小さなクモの巣にかかり、あっという間に命を奪われる様を見た。
みんな、生きていくため、必死だ。
消えていく命の儚さ。そして今は亡き命に思いを馳せる夏。
このお盆、「いい加減、家を片付けないと傷んでしまう」と旦那が一念発起してくれ、父の部屋をかたづけ始めてくれた。
その時に、これが出てきた。
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中身は、保険関係の書類と、姉の大学時の在籍証明書、私の大学の成績表、さらに、
私が年長の時に心臓病の検査入院中、保育園の皆さんが書いてくれたお手紙や絵。
「捨てられない書類」と書かれたその字がまさに父の筆跡。
私だって、捨てられない。
今更ながら、父の愛を知った夏。
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