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2016年2月の5件の記事

2016年2月28日 (日)

これから介護に直面する方へ

今回 私は非常に多くのことを学びました。
もしも今回私が経験したことが誰かのお役に立てるならと、書き残しておきます。


病院を嫌がる父を在宅で看ることにしたときに、まず村の地域包括センターというところに相談しました。そして介護認定してもらうことからスタート。
要介護2。予後も良くないことから、看護師さんの資格をもっているケアマネージャーさんを紹介していただき、 父の主治医となった病院の看護師さんに訪問看護に来てもらう契約をし、 又電動ベッドを始め介護用品のレンタルを色々お願いし 、私が仕事で出てしまう曜日には、 村の介護施設のヘルパーさんに来ていただくようにし、とにかく、病弱で身体障害者の母と二人きりにならないように体制を整えました。
自宅で一人での入浴は難しくなったので、デイサービスに行ってお風呂にいれてもらう日も作りました。そしてその日は、家族の休息日でもあったのです。

地域柄なのか 、または 需要があまりに多いせいなのか、 手伝うために来てくれていた スーパーヘルパーの叔母が、「 本当にここら辺は福祉が充実しているね」 とびっくりしていました 。特に 主治医の先生と訪問看護で来てくださっていた看護師さんとの見事な連携プレイ!!先生に診ていただかなくても、看護師さんからの情報で先生がいろいろ指示を出して下さり、父の痛み止めの処方もして看護師さんが届けてくださるという、まったくありがたいシステムでした。
またもう、看護師さんもヘルパーさんも素敵な人ばかり!
私なんかのことも心配してくださってわかってくださって…癒されました。

父をよく看てくださった看護師さんが、父の旅立ちの朝の支度には来れなくて、でも一時間後くらいに駆けつけてくださって、彼女の顔を見た瞬間、私は抱きついて泣きました。「お疲れ様!本当によく頑張ったね」と私に、「横前さん、本当にありがとうね。また、どこかで会おうね。」と父に。今までどれだけの患者さんを看てきたんでしょう。何人の旅立ちに携わってきたんでしょう。
もう、観音様に見えました。

今やもう良い想い出ですが、 思い返せば 本当に大変な日々でした。 それでも乗り越えられたのは、 こういった周りの人たちの助けがあったからなんです。

何度か家族に「お父さんをもう入院させて」 と言われました。 もちろん私の体を気遣ってくれたからこその発言です。 でも 、私はどうしてもそれはできませんでした。なぜならば、世話する度に父が「ありがとう」って 感謝してくれて、それが自分にはこの上ない喜びだったから。 そして しんどい私をちゃんとサポートしてくれる看護師さんヘルパーさんが居たからです。

完全に自己満足ですが、父が家で旅立てたこと、最後まで近くに居させてもらえたことは、一生の宝物です。

お勧めですよ、田舎暮らしと在宅看護。


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2016年2月24日 (水)

僕はフク

僕はフク。

大きな地震があった年に、僕は、とっても怖い「ほけんじょ」ってところに居た。
ある日、優しそうなおじいさんが僕達を見に来た。
僕は何だか嬉しくなって、おじいさんのところへ駆け寄った。
「よしよし、可愛いなぁ」って、おじいさんは僕の頭を撫でてくれた。
そして僕を車に乗せて、おうちに連れて帰ってくれたんだ。
おじいさんのおうちで、おばあさんと3人暮らしが始まった。
おじいさんもおばあさんも、僕をとっても可愛がってくれたから、僕は幸せだった。
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大雪が降った年、僕をたくさん運動させてくれて遊んでくれる、少し若い夫婦が住みついた。
その頃だ。
おじいさんがしばらく姿を消した。
ひと月ほどして帰ってきたけど、何だか、前より元気が無くなったおじいさん。
でも変わらず、毎朝散歩に連れてってくれた。
そして一年、おじいさんは今までで一番長い時間、姿を消した。
帰ったおじいさんは、弱々しくなっちゃってた。
もう、僕と散歩に行ってくれなくなった。
僕を撫でてくれようとして、転んで大騒ぎになった事もあった。
おじいさんの声も匂いもするけど、姿を見なくなった。
僕は一度、おじいさんのおへやに連れてってもらったけど、おじいさんは僕を撫でてくれなかった。
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そして数日後、おじいさんの匂いが変わった。
そして数日後、おじいさんの匂いが消えた。
僕を置いて、またどこかに行っちゃったのかな。
また、帰ってくるかな。
僕はフク。
今日も良い子にして、おじいさんのズボンの上で、おじいさんを待ってる。
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2016年2月18日 (木)

こもりうた

「何か食べる?」と聞いても、

「何か飲む?」と聞いても、首を横に振る父。

もう、口からろくに何も入らずに2日が過ぎた。

「父さん、焼酎飲む?」と聞いたら、首を縦に!!

慌てて焼酎のお湯割りを作って、唇を湿らせて、

自分たちはビールを飲みながら、ほぼ一方通行では有るが、小さな宴会を開いた。

父と旦那と私の3人の宴は、それはそれは静かに楽しい良い時間だった。

むくんでパンパンの手の甲をさすりながら乾杯し、

一生懸命話しかければ、頷き、時には「おう」と声を発してくれる。

昨夜よりはよほど調子が良いようだった。

気がつけば23時をまわり、父に

「じゃあまた明日ね。」と言った後で、

”明日もたくさん笑おうね

 ねむれねむれ おやすみ”

と、私の「こもりうた」を歌って、父の部屋から離れた。

早朝、何か嫌な感じがして様子を見に行くと、

呼吸が止まっていた。

泣き叫んだが父はもう目を覚まさなかった。

父が最後に発した言葉・・・・「大丈夫」。

父の優しさに、最後まで守られた。

横前 仁、79歳と10ヶ月。

2月17日朝5時に旅立ちました。

本当に素晴らしい父でした。

最後まで、そばにいさせていただけて、ありがたかったです。

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2016年2月15日 (月)

何の見通しも無く、できるかどうか、不安なまま受けた仕事三連発。

家族、親戚、共演者のとってもありがたい協力のおかげで、

現場に出向き、きっちり務めることが出来ました!

本当〜〜〜〜に、良かった(涙)!ありがとうございました!

この一週間、急激に弱ってしまった父。

もう、固形物はおろか、液体でさえもなかなか摂ろうとしてくれません。

昨日は泊まりで松本。

まさか、帰るまでに万が一のことがあったら…と、不安でいっぱいだったので、

「父さん、私、松本に仕事で行ってくるから、待っててね!」と声をかけると、

「どうぞ」

と言われてがっくし(笑)

この前までは

「気をつけてな」と送り出してくれてたのに…。

共演者の皆さんが私に合わせて早朝から動いてくれたおかげで、今日は早く家に戻れました。

こういう時に、人の優しさに触れるといつも以上に感激します。

ありがとうございました。

昼前に帰宅し、父の元へ駆けつけましたが、

もう、私と認識してくれているのか微妙です。

下血が始まって以降、意識がはっきりしない事も多くなりました。

父の口癖を録音した金曜日の朝。

私が手を握ったら「あったかいなあ」と言ってくれた金曜日の夜。

アロマオイルマッサージをしても、気持ち良さそうに微笑むだけになった今夜・・・・。

自宅看護は本当に大変。

でも、隣の部屋から寝息が聞こえてくるだけで安心なんです。

ずっと、顔を見ていられる。

すぐに会いに行ける場所に居てくれる。

まだまだ。

もう少し。

今日は久しぶりに虹を見ました。

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2016年2月 8日 (月)

有難い

あたりまえにしていた事が、あたりまえにできなくなった。

まったくしなかった事を、あたりまえにするようになった。

あたりまえだと錯覚してきた事が、有難いものなのだと改めて気付く。

「有難い」=「有ることが珍しい」

「ありがとう」を繰り返す父が、有難いものになっていく。

そうそう、誰もが、何もかもが有難いものなのだ。

この世にいることが奇跡、生きてことが奇跡。

奇跡を3人も産んで育ててくれて、

有難い人生って、かなり楽しくて良いものだって体験させてくれた、

父さん母さんありがとう。

奇跡だというなら、まだまだ続いてくれ。

まだ、聞きたいことがたくさんあるよ。

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