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2006年4月の11件の記事

2006年4月30日 (日)

みどりの日

今日は誰とも会ってないし、一言も言葉を発していない。

プチ引きこもり。

今日はおまけにアルコールを一滴も飲んでいない。

奇跡だ。

案外平気なんだな。
ずっと心の中じゃ、言葉が回っていたり、歌を歌っていたりするもんな。
ましてメールのやりとりとかすると、まるでしゃべっている気持ちになるもんな。
それほど何かに熱中したわけでもなく、
ただただ「ボーーーーーーーーーーーーッ」として、
パソコンとシンセをいじりながら、
父の古希のお祝いの品をネットで探したりしてた。
アルコール飲まなくても、寝つきも良さそうだ。

ちょっと最近、体も脳もやられていたので、
貴重な一日をぶっ潰した。
2006年の4月29日という、二度と来ない日を。

休むための日、ま、それも良し。

でも、もう飽きた。

明日は綿密な計画の下、二日分生きる。

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2006年4月25日 (火)

贈り物

贈り物を、送った。

喜んでもらえるかどうかはわからないけれど、今、これが有ったら、きっとあなたに役に立つと思って。

役に立つかどうかもわからない。不要のものかもしれない。
送ったということで、自分が一番満足しているだけなのかもしれない。
あたしが満足しても、相手には迷惑ってことだって有り得る。

贈り物ってなんなんだろ。
もらう側だったら、
欲しい物を言って、それをもらうのも嬉しいけど、
意外なものを突然もらったりしても嬉しいもんな。

また、もらう人にも左右されたりして。

ちょっと敬遠したい人に下着もらったら、それはもう発狂ものでしょう。
大好きな人なら、アメちゃん一個でも家宝ものだ。

今回のあたしは、本当に感謝の気持ちを伝えたかっただけなんだ。

その気持ちだけ、せめて伝えておくれよ、プレゼントちゃん。

君が邪魔者扱いされないことだけを祈ってるよ!!

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2006年4月23日 (日)

最後の日

今日は湯島のカスターというジャズのライブハウスのボーカルセッションデイだった。

約一年半、MCを勤めさせていただいたが、今日が私がMCをする最終日だった。

ピアノは、本当に一年半ずっと一緒だった柴崎純孝さん。
ベースは昨年12月からご一緒させていただいた宇治雅久さん。
そしてドラムは、お客さんなのにまるでレギュラーで通ってくださった小林ひろしさん。

初めからなんか雰囲気が違った。
私を含め、上記の4人で打ち上げパーティになってた;

そう、当たり前に有って、当たり前に過ごしていた今までの時間が信じられないくらい、
今日が最後という現実を前に、
一つの終わりを、みんなが静かに受けとめていた。

どうしても、当たり前にあるときには大事に出来ないものが、
なくなる寸前にいとおしい光を放つもんだ。

いつも以上に優しい音、
いつも以上に的確な指摘、
そして、
いつも以上に結びついた私たちの音。

たくさんの人の歌を聞いたし、
たくさんの歌の本番練習もさせてもらっちゃったし、
たくさんの歌のアドバイスもしていただいてきた。

私にとってはとても居心地の良い場所だった。

でも、自分で旅立ちを決めた。

そして今日、

再会の約束を交わしながら、

みんなと別れた。

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2006年4月21日 (金)

穀雨

今日は24節季のなかの、穀雨。

作物の生長を助ける穀雨。

今日も東京は、昼に大量の雨が降った。

「雨降って地固まる」と言う言葉の通り、
いろんな出来事があって、いろんな辛い思いをして今の自分がいる。

辛いだけではなく、楽しい想いも随分してきた。

人生に無駄なことなど無い。

心の底からそう思う。

だがしかし、消えていこうとしている命を目の前に、
私は平常心でいられない。

自分もいつかは消えるのだけど、

その消える瞬間ってものを想像するだけで発狂しそうになるのだけど、

やがて、間もなく、「死」を迎える覚悟をした人間の前に、
そんな想像は甲斐もなく、
ただ、

その人のことを、

声や、

しぐさや、

好きなものや、

語ってくれた大切なことを、

少しのカケラも残すことなく、

私が死ぬまで覚えていようと思う。

私が覚えている限り、

その人は死なないから。

泣くことは簡単。

誰のためでもなければ、

自分1人で、納得いくまで、いくら泣いても良いと思う。

でも、

その人の前では、決して泣かない。

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2006年4月17日 (月)

お医者さん腹立つ!

うちのおかん、先週末に退院できました。

・・・って、喜んでいられないのです。

だって、病院に入院していて、ウィルス性の結膜炎にかかって、
「他の患者さんにうつるといけないから、今すぐ退院してください」って、
言われたらしいんだ。

しかも、前の日に目が腫れぼったいから診てくれと言ったら、
「診察の予約でいっぱいだから今日は無理」と、次の日に回されたらしい。

病院さん、おかしいって。

もうちょっと、ちゃんと一人一人の声を聞こうよ。

患者さんたくさん抱えて大変だろうけど、
一人一人、人間なんだよ。

ちゃんと、声を聞いてよ。

何のために高額の医療費払ってんのよ。

何であなた方の給料はそんなに高いのよ。

それだけの「仕事」を「して当たり前」だからでしょうが。

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2006年4月14日 (金)

リセットボタン

あったら欲しい、リセットボタン。

今すぐ押したい、リセットボタン。

めんどくさいことや、途方にくれたとき、

押してしまいたくなる、リセットボタン。

だけど、リセットって、なんだか他力本願過ぎてずるい。

いっぱいいっぱいになったからといって、

リセットして何になる。

今を受け入れて、

自分が作ってきたこの状況を認識して、

消化しなかったら、

永遠にリセットボタンを押し続けなければいけないんだ。

たくさん押されたリセットボタンで、

機械はこわれちゃうんだ。

今日は、

歌えるという、

どこか当たり前になってしまっていた貴重なことを、

ありがたく、そして楽しめる、貴重な日だった。

リセットボタン、

見つけられなくて今日があった。

このおんぼろでお馬鹿でどうしようもないこの自分と、

生きていこう。

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2006年4月12日 (水)

古希

今日はわが父横前仁の、70回目の誕生日であった。

私の両親は現在二人暮し、
手塩にかけて苦労してかわいがって育てた子ども3人は、誰も一緒に住んでいない。

そしてつがいの母親は、病院にて闘病中。
私は、一人ぼっちの父に、
電話とメールで「おめでとう」を告げることしかできなかった。

先週末も実家に帰ったのだが、ホワイトボードの予定表の4月11日のところに、

「70才」と書いてあった。

うちのとうちゃん、キュートでしょ?

せめて連休には兄弟3人揃って、

70年間生き抜いた父の人生を、

盛大にお祝いしようと思う。

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2006年4月 9日 (日)

小悪魔

060401_13450001_1 私のかわいいかわいい甥っ子たちです。

寝てるときは本当に天使。

右の兄が4歳。左の弟があと一週間で2歳。

弟のほうは久しぶりに会ったので、最初びっくりしてじーっと私の顔を見ていました。(彼の母親である、私の姉に似ているからでしょう。)

言葉を覚え始めた彼は、最初私のことを「ねーちゃん」と呼んでいました。

でも周りが全員「きょうこ」と呼ぶので、いつのまにか「きょーこ」と呼ぶようになりました。

彼的に「きょーこ」という響きが面白いらしく、「きょーこ」を意味も無く連発してました。

まあ兄弟げんかはするわ泣き叫ぶわ、私も随分泣かされましたが、

別れ際に「きょーこバイバイ」と言って手を振って去っていった姿、

なんだか切なかったです。

おばちゃん、調子に乗っていろいろ買ってあげちゃいました。

貧乏と悟られたくなくて;

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2006年4月 8日 (土)

キモチイイ

こんな、あたり前でこっぱずかしい言葉を、今日は何度も使った。

残念ながら、「気持ち良い~!」という北島康介選手ばりの使い方ではなく、
「気持ち良くいきたいね」という、仲間との確認の言葉だったのだが。

ちょっとしんどい一週間だった。
具合の悪い母親を残し、長野から帰ってからというもの、
何かが狂いだしたとしか思えないようなことが、
よくもまあ、毎日毎日起こったもんだ。

精神的にも肉体的にも限界で、睡眠時間もろくにとれなかった。
今気付いたのだが、わたしの家のカレンダーは、
全部3月のまま放置されている。

桜も鑑賞してない。

さっき、ボーカル仲間と長電話した。
彼女と話すことによって、かなり救われた。
「随分助かったよ、ありがとう。」と私。
「そう言ってくれると私も嬉しいよ。」と彼女。
「その言葉にまた、救われたよ。」と私。

2人で”全世界ありがとう教”でも作ろうかと、笑った。

気持ちよく生きていないと、変なところに巻き込まれてしまう。
巻き込まれても、気持ちよく生きてたら、平気なんだ。

簡単そうで、一番難しいことなんだけど、

人は人、自分は自分、

ここはひとつ、正々堂々と、

気持ちよく、いっとこう。

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2006年4月 5日 (水)

いやだ

今日、とってもお世話になっていて、かけがえの無い人に、
癌で腹を切ると、告げられた。

先週金曜日にも顔をあわせたが、いつもと全く変わらず、
ヨーロッパから帰ったばかりで、元気そのものだった。

今日いつもお世話になっている店に彼が現れ、
いつもどおりに話をしていた。

でも、来月以降のスケジュールが分からないという謎の発言を突き詰めると、
今日、
医者に、「一日も早く手術しましょう」と言われたとのこと。

食道癌。

同じ病気で3年前にマスターを亡くしたママは泣いていた。
「食道癌なんて助からない!マスターと全く同じなんだもん!」と。

私は、胸がいっぱいで混乱していて、
「早く帰ってきてください。待っています。」
としか、言えなかった。

周りの親しい人たちが苦しむ姿を見せつけて、
この運命は何を私に言おうとしているというのだ。

楽しいだけの人生なんて無いって、
そんなことはとっくに知ってる。

何かを知らせるのであれば、私本人に科して欲しい。

私の大切な人たちばかりを苦しめる資格なんて、
たとえ運命でも、あっていいはずが無い!

悔しくて、腹がたって、涙が止まらない。

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2006年4月 3日 (月)

桃の節句

週末を利用して、入院中の母の見舞い兼父の身の回りの世話に、長野の実家に帰った。

東京じゃもう桜吹雪が吹いているというのに、私の実家の周りは今、梅が花盛り。
桜のつぼみはうっすらと色づいた程度だ。
うちのいなかでは、今日(4月3日)を桃の節句というところもあるらしい。

今日、東京に帰る前に、母の病院に寄った。

二日前、だいぶ元気そうになって安心していたのだが、今日はまた38度の熱が出てしまい、しんどそうだった。

なのに、
「今日は桃の節句だから、お昼ごはんにちらし寿司と桜餅をくれたよ。
 はい、おみやげ。バスの中で食べな。」
と、桜餅を手渡された。

しばらくは父も交えて話をしていたのだが、
出発しなければならない時間が来た。

母は立ち上がって、「遠いところをごめんね、体に気をつけてね。」と、
点滴の管が抜けそうなくらいのところまで見送りに来てくれた。

私はこみ上げるものをぐっとこらえて、
「病気に負けちゃダメだよ!がんばってね!」
と言って笑うのが精一杯だった。

東風吹かば にほいおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
060403_11450001

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