« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »

2006年3月の10件の記事

2006年3月29日 (水)

なんか、毎日いろいろあって、

けっこうしんどいときもあるけど、

一つの場所に向かって何かが動いているとしか思えない。

日々のステージ
日々の会話
日々の出会い
日々の歌

Sunnyside_2

ベース:鈴木ひろゆき

ピアノ:竹内大輔

ボーカル:横前恭子

3月27日 at Sunny Side (高田馬場)

"Oh, It's The Good Life
to be free and explore the unknown."

(from ♪'The Good Life')

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2006年3月27日 (月)

お医者さんずるい

私らが体を壊してお世話になるお医者さん。
何年も勉強して勉強して、立派なお医者さん。
病気のことはお医者さんが一番知っている。
だから、私たちはお医者さんに頼るしかない。

私の母は、28年間一つの病気と闘っている。
たくさんのいろんなお医者さんに世話になっている。

お医者さんの言われるがまま、いろんな薬を飲んでいる。
一つの病気を治すために、いろんな薬を飲んで、
今じゃいろんな薬の副作用とも闘わなくてはならなくなってしまった。

不自由な体ゆえに別の病気にもなってしまう。
なのにひどいお医者さんは面倒くさがって、
乱暴に治療してさらに傷をつけたり、精神内科に行けと言うそうだ。

先週末母親と電話でしゃべったら、変な声だった。
次の日お医者さんに行ったらしい。
薬だけもらったらしい。

その次の日39度の熱を出し、
もう一度調べたら肺炎で即入院。

お医者さんずるいよ。
私らはあなたたちを信じるしかないんだ。

まして、だけは、たとえ誰でも、操作しちゃいけない。

| | コメント (4) | トラックバック (1)
|

2006年3月21日 (火)

これはもう、春です

060320_12400001

| | コメント (0) | トラックバック (2)
|

2006年3月20日 (月)

風の強い一日だった。

私の住んでいるところは、そうでなくても風通しがものすごく良い。
今朝から一日、隙間風がピューーピューー窓を鳴らし、
部屋のカーテンを揺らし続けた。

春の嵐。

季節が前の季節を脱ぎ捨てようとしている。

昼間、久しぶりに両親と電話でしゃべった。
母親の体調がかんばしくないのが気がかりだったが、
来月古希を迎える父の祝宴をしようと、姉と約束を取り交わした。

気がつけばそんな歳になっている父。
還暦前から病気が悪化し、優雅な老後を送れない母。
随分お世話になりながら、いまだに心配だけかけ、親孝行の1つもしてないって、
ひどい娘だ、私。

母の体がまだ自由がきいた頃、彼女は三味線を習っていた。
同時期、私は日本舞踊を習っていた。
祖母の夢は、祖母の縫った着物を私が着、
母の三味線で踊る、というものだった。

祖母の夢は叶わなかった。

でも私はいつか、
祖母の縫った着物を着、母が弾いていた三味線を弾きながら、
清元を歌いたいと思う。

季節が前の季節を脱ぎ捨てるときに、

そう誓った。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2006年3月15日 (水)

昭和29年

皆さんもお持ちになることがあるでしょう。
ふちにぎざぎざの付いた10円玉。

今日、私の財布には、ジャスト160円と万券一枚。

地下鉄の切符を買おうと、小銭を全て券売機に入れた。

ところが、昭和29年発行の10円玉だけは、何回入れても出てきてしまう。
そう、ふちにぎざぎざの付いたヤツ。
機械が受け付けてくれないんだ。
だがここで、絶対万券はくずしたくない!

新しい機械をあきらめて、ちょっと離れたところにある古い機械で切符を買おうと思った。

歩いていると、10円玉が落ちていた。

・・・・何も迷うことなく、何の躊躇も無く拾った。

そして万券くずすことなく無事切符購入。

というわけで、私の財布には昭和29年発行の10円玉が居座っている。

私よりはるかに年上のヤツが、何だか誇らしげに居座っている。
あたしより随分長いこと旅してきて、いろんな人に出会ったんだろうなと思うと、こいつはもう絶対手放せない。

とはいえ、このまま財布の中にいたら、いつの間にかまた旅に出ちゃうんだろうな。

刹那の出会いだ。

「好きなだけゆっくりしていきなよ」と、言ってあげたい。

しかし、うまいこと10円落としてくれた人がいたもんだ。

世界は完璧だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2006年3月12日 (日)

公園で
一羽のメジロを見かけた。

若い緑の木の枝に、一羽のメジロがいた。
無心に黄緑色の実(花?)をついばんでいた。
メジロが黄緑色で、木自体も黄緑色で、ついばんでいるものも黄緑色で、
メジロの目の周りの白さだけが、際立って見えた。
いつのまにか、春。

ふと、小学生のときの担任の先生を思い出した。

私の小学5、6年生の時の担任の先生は、鳥が大好きだった。
野外授業で山を歩き、聞こえてくる鳥の鳴き声が何の鳥であるとか、
実際小枝にとまっている鳥を見つけて、何の鳥であるかとか、
たくさん教えてもらった。

先生の鳥の鳴き声の真似は、かなりハイテンションでかっこよかった。
鳥になるとき、おそろしく声が大きくなったもんだ。
コジュケイの鳴き声のものまねなんざ、凄まじかった。
一般的には「チョットコイ、チョットコイ」と鳴くといわれているコジュケイだが、
先生は「チョーッといっぱい飲んでけ」・・・みたいな面白いゴロをつけて、
雄叫びをあげていた;

国語の先生だったから、百人一首やら万葉集やら、小学生に渋いことをたくさん教えてくれた。
百人一首は全員100まで覚えさせられ、大会まで開かれた。
今思うと、あの先生に出会ったから、私が日本文化(特に文学)に興味を強く持つようになったのかもしれない。

先生は、会いに行けばいつでも会える、隣の町に住んでいた。
いつでも会いにいけると、ついついご無沙汰していた。

昨年、先生が他界した。

残念ながら、最後にお会いしたのがいつかも思い出せない。

一緒に、杯をかわしたかったな。
「チョーッといっぱい飲んでけー」って、叫びながら。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2006年3月 9日 (木)

今日のお昼
いつもの神社で一服。

すっかり春らしいさわやかな風の中、
一切の思考力を失っていた。

すると突然、
「ビシャっっ!」
と、何かが目の前に落ちてきた。

見上げると、頭上の木の枝に数羽のカラス。

・・・・う○こを落とされた。
・・・・1メートル以内、危なかった。

今をさかのぼる事18年前、
私は高校生で、最寄の駅まで10キロ(!)、原付で通学していた。
とある朝、いつものように原付を時速45キロくらいで走らせていると、
突然、「どおーん」という音がして、視界が白くなった。

何が起こったのかわからなかったが、原付を降りるときに判明した。

フルフェイスのヘルメットのてっぺんから胸元まで、
カラスの大量のフンを被っていた。

とりあえずそのまま電車に乗り、学校に着くと、保健室に駆け込んで洗濯させてもらった。

誰しもが「ウンが天から降ってきた」と、笑いながら励ましてくれた;

時速45キロで走る物体と、上空10メートル以上からの落下物が
こうもジャストでぶつかるタイミング・・・。
これを「ウンメイ」と言わずして、なにをか言わん・・・。

そしてその春、本当に行きたかった大学に受かったとき、
「あー、あの’ウン’のおかげだな」と、心底思った。

そして今日、再びウンが天から降ってくるなんて、
今年はやっぱり何かが違う。

天からの賜物、
ありがたくいただこう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2006年3月 7日 (火)

私には、かなりイカした友が大勢いる。

その中の一人、かつての戦友(バンド仲間)の奥さんが、
自然出産をしたそうだ。
詳しい話は本人から聞いてない。
でも、彼らのブログに、自宅で出産した後で撮影したのであろう写真が載っていた。

産んだ母と、おねえちゃんになった女の子と、新たに誕生した命を、父が撮影したものだ。

みんなでがんばった色が、よく分かる写真だった。

いのち。

彼の人生=彼の音楽そのもの。

どこか保険に入っているような自分の生き方を、ふと顧みた。

その保険が、自分に何をしてくれるか考えた。

・・・・何もしてくれやしないんだ。

自分以外の何ものも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2006年3月 4日 (土)

87歳

御年87歳

職業:ピアニスト

名前:HENRY "HANK" JONES

あたくしが毎週火曜日にお世話になっている湯島のカスターというお店のアップライト・ピアノには、彼のサインがある。
小さなお店にも来て演奏してくれたハンク様。

2006年3月3日、ブルー・ノート東京
The Great Jazz Trio
ピアノ:ハンク・ジョーンズ

奇しくも昨夜のブルー・ノート、
ジョーンズ兄弟のエルビン・ジョーンズを見に行って以来だった。

会場は超満員。こんなにJAZZ好きな人っているんだってのにまずびっくり。

ハンク様、87歳、
黒光りする小さなお顔、満面の笑み、確かなタッチ。
リズムセクションの2人に支えられ、ご機嫌な生き様を魅せていただいた。
そりゃぁ、スピード感やパワーは、若くてすごい人はいっぱいいるけど、
87歳のJAZZは、深い。
「間」に、腰くだけになる。
そんなものは、誰にもまねできない。
人生の、それぞれのフェーズででしか出せない音ってのを、
みんな創っている。

87歳でも演奏し続け、世界を飛び回ってるなんて、
世界が選んだ人ってのは、その人も、
一生を世界に捧げなければならないんだな。

「もっと上手くなりたい」んだそうだ、今でも。

そういう欲張りにならなきゃな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2006年3月 3日 (金)

私は、歌を歌っている。
かれこれ、人前で歌いだしてから、18年になる!?

火曜日、体調を崩した。
わけも分からずただ嘔吐し、下痢し、発熱し、
医者には、「風邪の菌がおなかに入りましたね」と言われた。
一日寝込んだ。
そして昨夜、一ヶ月に一度の、ちゃんとしたライブだった。
ライブ前から日中とは比べられないほど、胃痛も体の痛みも消え、すっかり絶好調!
まして歌えば歌うほど、体も喉も絶好調!
・・・で、思った。
どれだけわたしにとって、「気持ちよく歌う」ということが、
セルフメディケーションであり、かけがえの無いものか。
やっぱり、歌うこと、気持ちよく歌うことが、
私には止められないはずだ。

今日は新たにギタリストのパートナーを探しに、千駄木の「ジャンゴ」に行きました。
060302_23450001

みなさんご機嫌でした。すごく素敵でした。
私も調子に乗って3曲も歌わせてもらっちゃったんですけど、
昨日受けたアドバイスとか、いろいろいやらしく考えたりしたんだけど、
何も考えずに歌いました。
とどのつまり、人前で出す音ってのに、
責任持てないのはダメだなってこと、
あと、何を演奏しても、
自分だと、自分らしさを表現できることの素晴らしさって、難しさってすごいってこと・・・。

さらに、気持ち良い音を奏でる皆さんは、やっぱり生き方も気持ちいいってこと!

だから、音楽って聴いてて気持ちいいんです。

気持ちよく、生きた~~~~い!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »