2016年6月16日 (木)

あれから

もう4ヶ月。

バタバタとしたまま、

気持ちの整理もつかぬまま、

明らかに変わってしまった日常を

個々に少しずつ受け入れたり拒否したりで過ぎてく。


突然、すべてを引き継ぐことになり、旦那と二人、いろんなものと格闘しながら、

これをすべて一人でやってきた父の苦労を思い知る。

何も教えてくれずに逝っちゃった。

ねえねえ、これはどうしたらいいの?あれはいつやったの?

人が一人死んでも変わらず 動いていく世界の 無常さを知る。

な~んて、私は歌も歌っているし、とりあえず元気です。

本当に、ラッキーだと思います。

泣いていいと言われれば、一秒もかけずに涙は出せますが。

もう一度、会いたいです。

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2016年4月28日 (木)

今年初の東京

今年になって初めて、東京で歌ってきました。

1月のライブをキャンセルして3ヶ月。
場所は、出させていただいて10年の我が心のふるさと、東京倶楽部水道橋。
女性だけで賑々しく演奏する「女マグナムズ」。
しかぁし!トラブル多々!

まず、今回もドタバタと東京へ出かけた私は、ステージ用の靴を忘れまして;^_^A
他にもスキンケアグッズやらヘアワックスなどなども忘れたのですが、それは奈保美ちゃんのおかげで何とかなりました。
が、靴!これはスニーカーでやるわけにはいかないので買わねば!
…が、御茶ノ水~水道橋界隈で靴屋が見つからない(>_<)
歩き回って呆然とリハに向かっていると、なんと昔の生徒さんにバッタリ!
近くに靴屋が無いか聞いたところ、
「今から時間あるんで、買ってきてあげますよ~」
と、安い靴をゲットしに上野まで行ってくれたのだT_T
私の目には留まらない、かわいい赤い靴!
おかげでステージがみすぼらしくなりませんでした~~!
昔からとても気が回る人ですが、彼女の気の利きようには本当に救われました。感謝感謝~!

そして、パーカッションの万記ちゃんの体調不良による欠席!
そして急遽来てくれた素敵なパーカッショニスト、山下由紀子さん!
それに伴う曲目変更!
3ステージ構成だと思ってたら2ステージだった事!
それに伴い曲順変更!
リハ時間足りず、ぶっつけのキメキメの曲が2曲!
東京倶楽部なのに酔う暇も無く、バタバタしておりまして、
父の事でたくさんご心配をおかけし、沢山の懐かしい方々が来てくださったのに、ご挨拶にもろくに行けず、本当に申し訳ありませんでした(涙)

ぶっつけ本番でやった最後の曲、父の口癖を歌にした曲、「オッケー!オーライ!サンキュー!」では、やっぱり泣けちゃいましたねぇ。
この曲は、毎回泣けるので、しばらく封印かなぁ。

♪今までありがとう
ずっとずっとずっと忘れないよ
あなたが大好きです
いつかまた会いましょう

次回の東京倶楽部はなんと!
久しぶりに村山としやさん&牧原正洋さん!
6月1日水曜日!

そして女マグナムズも6月30日!
吉祥寺Strings!

どちらもお見逃し無く!

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2016年3月28日 (月)

宣伝

早いもので、今年ももう三月の末。

昨日は四十九日の法要。

自宅にあった父の遺骨と祭壇。

遺骨は昨日墓の中へ、祭壇は本日撤収。

非日常で過ぎて行った日々。

以前と少し違う日常が、今日から始まった。


そんな折に、昔、とってもお世話になったDr.Tosh?こと永井さんから、

歌の贈り物が届いた。

「スーパーヒーロー」の曲。父ちゃんの歌。

音楽の贈り物。

こんな素敵な贈り物、ミュージシャン冥利につきる。


お葬式で飾った、父の一番お気に入りだったジャケットの内胸ポケットから、

父が見てくれた私のライブの半券が二種類出てきた。

父がひいきにしていたお店の方から、

「あー、歌ってる娘さん?よく新聞を持ってきて見せてくれたよ」

なんて聞いたりして、こんな程度の私でも、喜んでいてくれたんだなと、

今更ながらぐっと来る。…


そう、だから歌うしかないのです。

本物の四十九日の忌が明けて父が旅立つ前に、

歌って旅立ちを景気付けます!

父の口癖も曲にしました(笑)

是非、見に来てくださいね~❗


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2016年2月28日 (日)

これから介護に直面する方へ

今回 私は非常に多くのことを学びました。
もしも今回私が経験したことが誰かのお役に立てるならと、書き残しておきます。


病院を嫌がる父を在宅で看ることにしたときに、まず村の地域包括センターというところに相談しました。そして介護認定してもらうことからスタート。
要介護2。予後も良くないことから、看護師さんの資格をもっているケアマネージャーさんを紹介していただき、 父の主治医となった病院の看護師さんに訪問看護に来てもらう契約をし、 又電動ベッドを始め介護用品のレンタルを色々お願いし 、私が仕事で出てしまう曜日には、 村の介護施設のヘルパーさんに来ていただくようにし、とにかく、病弱で身体障害者の母と二人きりにならないように体制を整えました。
自宅で一人での入浴は難しくなったので、デイサービスに行ってお風呂にいれてもらう日も作りました。そしてその日は、家族の休息日でもあったのです。

地域柄なのか 、または 需要があまりに多いせいなのか、 手伝うために来てくれていた スーパーヘルパーの叔母が、「 本当にここら辺は福祉が充実しているね」 とびっくりしていました 。特に 主治医の先生と訪問看護で来てくださっていた看護師さんとの見事な連携プレイ!!先生に診ていただかなくても、看護師さんからの情報で先生がいろいろ指示を出して下さり、父の痛み止めの処方もして看護師さんが届けてくださるという、まったくありがたいシステムでした。
またもう、看護師さんもヘルパーさんも素敵な人ばかり!
私なんかのことも心配してくださってわかってくださって…癒されました。

父をよく看てくださった看護師さんが、父の旅立ちの朝の支度には来れなくて、でも一時間後くらいに駆けつけてくださって、彼女の顔を見た瞬間、私は抱きついて泣きました。「お疲れ様!本当によく頑張ったね」と私に、「横前さん、本当にありがとうね。また、どこかで会おうね。」と父に。今までどれだけの患者さんを看てきたんでしょう。何人の旅立ちに携わってきたんでしょう。
もう、観音様に見えました。

今やもう良い想い出ですが、 思い返せば 本当に大変な日々でした。 それでも乗り越えられたのは、 こういった周りの人たちの助けがあったからなんです。

何度か家族に「お父さんをもう入院させて」 と言われました。 もちろん私の体を気遣ってくれたからこその発言です。 でも 、私はどうしてもそれはできませんでした。なぜならば、世話する度に父が「ありがとう」って 感謝してくれて、それが自分にはこの上ない喜びだったから。 そして しんどい私をちゃんとサポートしてくれる看護師さんヘルパーさんが居たからです。

完全に自己満足ですが、父が家で旅立てたこと、最後まで近くに居させてもらえたことは、一生の宝物です。

お勧めですよ、田舎暮らしと在宅看護。


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2016年2月24日 (水)

僕はフク

僕はフク。

大きな地震があった年に、僕は、とっても怖い「ほけんじょ」ってところに居た。
ある日、優しそうなおじいさんが僕達を見に来た。
僕は何だか嬉しくなって、おじいさんのところへ駆け寄った。
「よしよし、可愛いなぁ」って、おじいさんは僕の頭を撫でてくれた。
そして僕を車に乗せて、おうちに連れて帰ってくれたんだ。
おじいさんのおうちで、おばあさんと3人暮らしが始まった。
おじいさんもおばあさんも、僕をとっても可愛がってくれたから、僕は幸せだった。
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大雪が降った年、僕をたくさん運動させてくれて遊んでくれる、少し若い夫婦が住みついた。
その頃だ。
おじいさんがしばらく姿を消した。
ひと月ほどして帰ってきたけど、何だか、前より元気が無くなったおじいさん。
でも変わらず、毎朝散歩に連れてってくれた。
そして一年、おじいさんは今までで一番長い時間、姿を消した。
帰ったおじいさんは、弱々しくなっちゃってた。
もう、僕と散歩に行ってくれなくなった。
僕を撫でてくれようとして、転んで大騒ぎになった事もあった。
おじいさんの声も匂いもするけど、姿を見なくなった。
僕は一度、おじいさんのおへやに連れてってもらったけど、おじいさんは僕を撫でてくれなかった。
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そして数日後、おじいさんの匂いが変わった。
そして数日後、おじいさんの匂いが消えた。
僕を置いて、またどこかに行っちゃったのかな。
また、帰ってくるかな。
僕はフク。
今日も良い子にして、おじいさんのズボンの上で、おじいさんを待ってる。
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